アートのバカ!

広告や写真にガツン!ときたことはありませんか?実はそれ「アート」です。

「selfie」(セルフィー・自撮り)の起源と文化としての一般化

19世紀あたりまで、自分の姿を誰か他の人たちに広く知ってもらうには、自画像(ポートレート)という手法しかありませんでした。

写真やテレビなどのない時代、それを作れるのはプロの画家に肖像画の制作を依頼することのできる、金銭的・時間的に余裕がある上流階級に限られていました。

ダヴィンチによるかの有名な名画「モナリザ」は時を超えて多くの人に知られた自画像・すなわち今でいうところの「selfie」(セルフィー・以後「自撮り」と言います)だと言えるでしょう。

現代に残るそれらの自画像は、当時の貴族の生活を伝える貴重な資料となっていますが、残念ながらそこに庶民の姿を見ることはできません。

 

その後写真やビデオという媒体が登場し、庶民も自分の姿を残す手段を得ることができましたが、そこでも特に「自撮り」という行為が表に出てくることはありませんでした。

誰かに自分を撮ってもらうポートレート写真、鏡を使って撮る自分撮りは昔からあったのですが、それでも今使われている意味としての「自撮り」が登場するのはさらに後のことになります。

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※上の画像は私の自撮り画像ではありません。

 

手元にある2015年発行のオックスフォード現代英英辞典(第9版)で"selfie"を調べてみると「a photo of yourself that you take, typically with smartphone or webcam, and usually put on a social networking site.」とあります。

 

そう、「スマホやウェブカメラを使って自分を撮影」し、かつ「ソーシャルネットにそれを載せる」ことこそ「自撮り」と呼ぶのです。ネットのない時代に自分の写真を撮っていただけでは、それは厳密な意味での「自撮り」ではなかったのです。

私が今このブログを書いている日本語変換(ATOK)では「じどり」と打つと「地鶏」としか変換されません。それも「自撮り」という言葉が認識され初めてまだ時間が浅いということの証明でしょう。

以下の記事には「セルフィー(selfie)」という言葉は、オーストラリアのスラングが語源だったとある通り、 英語に取り入れられ一般的に広がったのも21世紀に入ってからのことのようです。

www.excite.co.jp

 

今では「自撮り棒」が携帯電話グッズのお店には必ずといっていいほどありますし、観光地に出かければその自撮り棒を使って風景と自分をまとめて「自撮り」している姿を目にしてもそれほど奇妙な感じを受けないくらい一般化されていると思います。

そしてテレビCMで見かけた素敵な「自撮り」。ラーメン屋を開業した角野卓造さんが、「お知らせ」として婚約者をライブカメラで家族に報告します。

実際にこんな家族がいるかはさておき、今やこうした手法で誰でも気軽に「自撮り」を発信できる文化が当たり前のことになってきているのです。